中央アフリカ滞在記:『シャンテ・チンビ!』⑥
8月12日(日)06:00

朝から雨。

ハープの銀の糸をいっぱい地面に垂らしたような

雨だ。

番犬の2匹のボクサー犬も軒先で

クゥーン ハ フ~ッ と軽くため息て、うな垂れている。


日曜日ということもあり 少し静かで

雨音が町のざわめきをかき消してるようでもある。



アインシュタインの逆毛みたなボサボサ頭で

湿気で早くもボワボワに成ってきた ギターの弦を張替えて

洗面所で洗濯をした。

洗面台はみるみる赤い土の色に染まり

町風にも赤い土が舞っている アフリカならでは だろう

ベットの柱とカーテンレールに洗濯ロープを括りつけ

一気に干してしまい 頭の中で鳴ってる言葉を鼻歌った。


♪REDLAND REDSUN REDBIRD REDMOON

 赤い血に国境はない 赤い血には愛が要る……



<<<<<   >>>>>    <<<<   >>>>


昼前に雨が上がり 綺麗な青空の下を

ベルナール神父(俺の滞在中にフランスに帰国された)の

ところに出かけることになった。


シスターがクスクス(粒状のパスタ)料理をご馳走してあげる

というのでフカフカに湯気の立った小麦の香りを鼻腔に描く 


「水と飯」…アフリカに経つ前、頓着のない俺も

やれ感染するだの、隔離されるだのと

友人たちにビビらされ

流石に腹を括っており、現地に馴染みたい一心で

日本食(といっても通常から粗末な食生活なのだが)を

意識の砂消しゴムでゴシゴシと消し去っていた。

水や食べ物が合わない等という 甘ったれたことなど

いえないよ! ここは アフリカなのだ! と。




茶色い煉瓦と屋根に白い十字架


シスターレオーニィが優しい笑顔で出迎えてくれ

シスターマルグリット そしてシスターマリールィーズに挨拶


赤い花を煮出してシラップ状態にして、水で少し割って飲む

カルカンジー(精神安定作用があるから何時も飲んでた)を

ゴクゴクと飲み干す。。。 田舎の婆ちゃんの梅ジュースに似てる


壁の掛けられた聖人の写真や 

衛星チューナーで受信されたセネガルのテレビ番組を観ながら

この場所に初めて教会を建てた人々の姿を 思い浮かべた


さぁ料理が出来上がったようだ

ピンクのギンガムチエックのテーブルクロスの上の

白い皿に盛られた クスクス 野菜の丸ごとソース煮込み

チキンのソテー  うわぁースゲェ量。。。。

テーブルについて お祈り

そして 立上り 3人のシスターが祈りの歌を捧げる


天使の声と 羽音を確かに聞いた いや 聴こえた!


クスクスに野菜煮込みとソースをたっぷりかけて

チキンを添えて  いただきまぁす


デリシューズ!!!!!!!!!!!!(うまかぁ!!!)


セネガル風に味付けされた クスクス料理は筆舌し難かバイ

絶対に此処でないと 食べられないだろう そう思った。


声)何であれ 食べるものがアルということは 有り難いとよ



食事の後、シスターにお願いして 

祈りの歌と踊りを見せて貰った


輪になって踊り唄いながら輪の中心に向って

手をかざし、それを段々早くする

神々しく、そして生命を讃えるかのようで~


徳永さんに教えてもらったことだが

マリールィーズは特にシャーマン(霊媒師)の家系とのことで

それも そのはずと思わずには いられぬほどだった。


<< >>     << >>      << >>


午後から、AIDSの啓発教育へ同行する

職員さんと現地指導員の人たちの草の根活動だ

「セックス中にコンドームが破れたら?」

「検査を受けるのに幾らかかる?」

住宅地の庭先で行われる情操教育(敢てこう呼びたい!)に

誰もが積極的に質問してくる

感染拡大の水際予防への汗まみれの努力

その努力が報われるのは何時の日なのだろう?…

俺たちにだっての対岸の火事ではないだろう!

徳永さんの印象的な言葉で

今日という日が終わろうとしていた。


知識を意識化して 行動へ

知識を意識化して 行動へ


イマジンも大切だが 

アクションへ結びつけることの大変さを

思い知ったのだった……。


アンデパンダンス(独立記念日)の月曜日⑦へ続く


















 



スポンサーサイト
2007/08/31(Fri) | 日記 | トラックバック(-) | コメント(1) | page top↑
中央アフリカ滞在記:『シャンテ・チンビ!』 ⑤
8月11日(土)05:45

ベッドに張られた蚊帳(かや)の中で夜明け鳥に起こされる

頭が痛いのは二日酔いのせいだ。

昨夕はアッシェの家を出てから

愛娘のアィーシャとスレイマンの新婚さん宅に立ち寄り

スレイマン曰く 「彼女は僕の宝石だ!」 という

日本では絶対聞けない台詞を聞いて

何故だか とてもビールが飲みたくなり(笑)

エクスポート33という重~いビールを カパカパ飲んで

寝てしまったからだった。


余談だが、現地の人たちが日常飲んでるのは

苦酸っぱい椰子酒(椰子の発泡ワイン)度数の高いバコ(常食のマニョ

ックとトウモロコシを蒸留させた焼酎っぽい酒)

ビールは上記の33とモカフ、カステルの3種類が主だ

コーラ、ファンタなどもあるにはあるが ビン入りのものが多い


この日から帰国までお腹が緩い状態が続く訳だが…

念のためということでキニーネというマラリアの薬を

処方して貰った。


今日は患者さんの往診に同行で

土壁に廃物利用で建てられてる家(小屋に見える)が

ポツポツと建ち並ぶ村へ行った。。。


俺と変わらない年齢の男性はやせ細った身体を

粗末なベッドの上に横たえて 息も絶え絶えだ

エイズ発症から肺炎を引き起こしているらしい…

ドクターが、点滴のパックを天井近い棚に固定して行う

奥さんがやつれた様子で、見守る中

邪魔になりそうだったので外に出た。

「治療を開始する時期が遅いと 手遅れになるんだ」

険しい表情で説明し ドクターはため息をついていた。



次に訪問したのは21歳の女性患者の家

抗レトロウィルス剤の投与後1ヶ月、みるみる元気になったらしく

お母さんが 「お腹がすいたというようになって私ゃ嬉しいよ!」と

娘の病状の回復を喜んでいた。

個人差があるにせよ 薬が効いているのは確かなようだった。


ドクターは患者の明暗を日々見守りながら

音の無い戦争と言うべき AIDSと戦っているのだ。


何処に行っても 日本人は相当珍しいみたいで

ムンジュー ムンジュー(外人ー 外人ー)か

シノア?(中国人か?)とは絶対いわれず(俺…濃ぃしね)

ジャポネ? うわーすげー日本人が居るぞー おーみんな~

と子供たちが2・30人はキャッキャ騒いでついて来る



座ってると 髪を触りに来て 「おー本物だぁー」とか

「ジャッキー ジャッキー」と呼ばれるので 何かと思えば

ジャッキーチェン!(爆笑) みたいだと言うので 

アチョーアタァーとカンフーの真似をすると皆大喜びだった。


気がつくと俺以外は全員現地の人たちで

俯瞰(ふかん)で眺めれば

黒人の中に日本人ひとりぃ~という極めて珍しい図だろうが

不思議と『物凄く馴染んでて 物凄く普通』だった(笑うなコラっ)


人種差別なんてもんは、誰かが捏造した戯言で

歴史的背景があったにせよ

自分が憂き目にあったことがないから?

そんな次元の話しでもなく

肌の色や言語が違うからといって

傷みや悲しみや喜びや熱い気持ちは

おんなじだ!と個人的に思ってるもん 俺。


そうこうしてると また 痛たたた 髪の毛をひっぱって

遊ぼう 遊ぼうと来たので

カトチャン ペッのポーズとラジオ体操第一(笑)を

織り交ぜながら 60人位に膨れ上がった子供たちと

夕暮れの広場で 大騒ぎ 大笑い

広場の真ん中に立つ 黄色と緑と青の国旗が

はためいていた。


⑥へと続くに決まってる
 












2007/08/30(Thu) | 日記 | トラックバック(-) | コメント(551) | page top↑
中央アフリカ滞在記:『シャンテ・チンビ!』④
8月10日(金)04:30

肌寒さに目が覚めて~

親友がくれたジョーストラマーの黒いパーカーを羽織った

雨季の中央アフリカの夜は日本の9月くらいに冷える夜もある

部屋の電気を付けてみたが停電中で

闇の中、マッチを擦って煙草に火をつける

ハマダラ蚊(マラリアを運ぶ蚊)にやられないように

日本から持参した蚊取り線香のおかげで

匂いだけ 数奇屋造りの家に居る 不思議な感じがする


赤い大地の 蒼い夜明け前


活気のある通りのリズム鳥たちも

この時間だけは つばさを休めてるのか?…


やがて・・・ポーホヨッ ホヨッ ピーピーピュゥと

聞いたことのない 鳥の声(極彩色と勝手に想像する)

熱帯の樹木の輪郭とともに 朝は訪れた。


フランスパンにチーズとジャムを塗りたくり

インスタントコーヒーを甘くして 朝食を摂る


07:30には診療所に行かなければならない


ドライバーのベルトランが迎えに来たので


握手とサヴァ? サヴァビァン!で乗り込み出発!

車の窓からの朝の風が心地よい


診療所に着いてギターを下ろしてると

俺を見て誰もが シンギラミンギ~と歌いかける

言葉ではいい難い なんとも誇らしい気分だ


喉が乾いたからといってコンビニへ…

なんて有得ない訳で、日本では飲み残したりしている

アルミ缶水筒の水がほんとうにありがたい

毎時 学ぶことばかりである


異国に入っては異国に従え!たい



自家掘りの井戸や生水は 当然危険なので 

煮沸、ろ過した水を飲むし 現地の人も飲み水は

共同水道かキオスク(店)で買い求めている。



今日は診察病棟前の木陰でシャンテ!シャンテ!(歌う歌う)


ジョンレノンの曲は黙って聴いてる人々が

ボブマーレイの曲で親指立てて喜ぶのは…なるほどだ

俺のスワンソングで踊りだすのは多分 リズムのせい?


カタコトのフランス語と現地語のサンゴ語で

天を仰いだり、泣きまねや、笑い顔の仕草をした後

シンギラミンギを歌い始めると

昨日以上の盛り上がり(覚えてくれたようだ)


大勢の人の輪の中に入り歌ってると

ボロを纏った少女が不自由な足を引きずりながら

踊っているではないかっ!!!

嬉しそうにニコニコして 俺と一緒に踊ってくれた。


後でシスターレオーニィから聞いてびっくりしたのは

彼女エヴリンは生まれつきの脳の障害と癲癇(てんかん)持ちで

この10年 病院の片隅でうずくまって暮らしていたらしかった


『エヴリンが立ち上がり踊るなんて おぉ神様』 と


アフリカの神様と 
音楽の神様とが、握手をしてくれたのかも知れないね


>>>>>>>    >>>>>>    >>>>>>>


午後になりアラブの市場近くの

アッシェの家への家庭訪問に同行した

自ら発症しながらも、縫い物で家族8人を養ってる

気丈な女性である。

そこで彼女の孫である バカリーと出会った

アッシェはバカリーをとても大切に

可愛がってるのを 俺は肌で感じれた


そして、愛されてることって とても大切に思えた


バカリーは家族の中で最年少の7歳の男の子だ

母親はAIDSで既に他界しており

バカリー自身も母子感染しているが

まだ 発症はしておらず 元気だった。

アッシェは俺を家の中に招き入れてくれ

トタン屋根に穴が開いてて雨漏りすることや

天井の梁が折れそうなのよ~と肩をすくめて

暮らしの大変さを教えてくれた…

このアッシェとバカリーの家の庭には

椰子の木が1本、すーっと空に向かって伸びていて


それは まるで 生命のようだった。


一夫多妻の暮らしの中、旦那さんも他の夫人達も

同じ『病』で逝ってしまい 治療を受けながら

ミシンを踏み娘や息子や孫を養う 若いお婆ちゃん

負けないで! 

何故か 他人の気がしないのだった。。。


声)俺に 出来ることは 唄うこと意外に無いのか?

 うーん…  少し 考えてん! 久明



帰りの車の中で徳永さんは 俺にこう云った


『 愛されていれば 死なないんですよ 』 




2007/08/29(Wed) | 日記 | トラックバック(-) | コメント(1) | page top↑
中央アフリカ滞在記:『シャンテ・チンビ!』 ③
8月9日(木)午前10:30

ブエラブの町角にあるアフリカ友の会診療所は

ここで声を大にして伝えておくが

『砂漠の井戸』のような場所である。

この国のHIV感染者とAIDS発症者の何割かの人たちが

この場所で診察や投薬を受けることによって

命を繋ぎ止めているからだ!


2004年に放送されたTBSの情熱大陸で

徳永瑞子さんは自らの活動を『大海の一滴』

と語られていたが、俺は…傷みの真ん中に腰を据えている

こんな診療所が諸外国の協力によって

もっと もっと たくさん出来れば

1つでも 多くの生命を救うことが出来るはずだと強く思った!

徳永さんの医療活動を、大海の一滴ではなく

大海の漣(さざなみ)に出来ないものかな と

非力をかえりみずに 静かに思った…

。。。。。。。   。。。。。。。  。。。。。。。。

徳永さんより日本から歌いに来たシンガーだと

職員の方々に紹介され

片仮名読みのフランス語で挨拶も早々に


「さぁ みなさんお待ちですよ 歌いますか」

と徳永さん。 



今日はHIV感染者の方々への食料配給の日

中庭にある配給所の前には大人から子供まで男女併せて

60人から70人は居るばい 


声)んんむー よかとか? 出来るとか?久明?


ケースからアコースティックギターを取り出し

ピックを持ち体勢を整えながら

ボンジュール!(こんちわぁ!)

シンギラミンギッ!!!

♪昇る太陽にありがとう あなたの花を育てましょう

 あなたの花を育てましょう

 となりの友を抱きしめて! あなたの花を育てましょう

 あなたの花を育てましょう

 最初は呆気にとられていた人たちも

 シンギラミンギ! シンギラミンギ!と繰り返し唄う俺に

 手拍子 足拍子の 渦 渦 渦

 気がつくと全員が総立ちで 

 シンギラァアミンギィイと唄いながら

 踊る 跳ねる 踊る 踊る

 ギター1本 1コードのリズムストロークのみ

 誰かがボンゴを持ってきて叩き出し

 アフリカンビートに乗って 乗って 乗りまくり

 そこらじゅうが揺れていた。
 
 赤い土誇りに陽光が反射して とても綺麗だった

 そして、熱帯の雨季の光の中に

 やさしく包み込まれるかのように

 時間は過ぎて行ったのだった。

<<<<<<<<   <<<<<<   <<<<<<

 アフリカの瞳 という長編小説の中に

 アフリカには奇跡がある と書いてあったのを

 思い出した。

 中央アフリカ上陸 初日

 病に苦しむ人々を励まそうと唄った…

 そんな ちっぽけな大儀など

 軽く吹き飛んでしまっていた

 そんな ちっぽけなこだわりを

 俺は 恥じた。。。

 

 その夜

 いつ眠りにおちたのかすら

 覚えていない


 みんなの笑顔とボンゴのリズム

 そして シンギラミンギ(サンゴ語でありがとう)

の声が 遠い木霊のように
 
 響き続けていた。




 ④に当然続くばい

2007/08/28(Tue) | 日記 | トラックバック(-) | コメント(15) | page top↑
中央アフリカ滞在記:『シャンテ・チンビ!』②
8月8日(水)~9日(木)

パリ・シャルル・ドゴール空港からバンギ行きの便は

なんと週に1本! 当然満席である

俺が少し狭く感じるエコノミー席に

色とりどりの衣装をまとったアフリカの人たちが

大きな身体を押し込んで 軽くため息をつきながら

明るく挨拶を交わす。


バンギまでは夜間飛行

サハラ砂漠をみれないことが悔やまれたけど

その砂漠を照らす 幻想的な月をはっきりとみる事が出来た。


機内食の間隔と体内時計の感覚が修正出来なかったので

「荒野へ」を読みながら過ごし 主人公に自分を投影する

自らに放浪癖があることは…認めなければなるまい。。。


タイヤがゴトゴト音をたてる 無骨な着陸に 

空軍上がりのジャンレノみたいなパイロットを想像した


夜明け前の04:35分に中央アフリカ バンギ空港に到着!


タラップを降りると 懐かしい土と草の香りがした

母方の故郷の美里町の夏の終わりの湿気と良く似ている

そこかしこに ライフルを抱えた軍人さんが見張っていて

空港が 軍事施設であることを思い知る


コンベアからやっとの思いでギターとスーツケースを取ると

出迎えに来てくれていた

AMIS D’AFURIQE(アフリカ友の会)現地ボスの

オノラさんに導かれて救急車(古いトヨタの4駆)に乗り込んだ


しらじらと明けて行くバンギの町並?

あら? 道路に車線が無い! 

信号も…ない  あ あった!

おわぁあっ ぶつかるっ 

日本製の古車(中古よりもっと古い)に7人乗せて

地元タクシーが 行き過ぎる

あぶ ねぇぇ ふ~大丈夫

横向きに設置された座席(だって救急車だもん)から

尻が浮くほど飛び上がりながら

ラテライト(赤土)の穴ぼこだらけの道を走って行く

赤茶けたトタン屋根の家や 煉瓦で出来た家

内乱で略奪に遭い 廃墟になったマンションの群れを抜け

学校と教会の敷地の中にある宿舎に着いた


花魁花とブーゲンビリア 椰子の木を眺めながら

階段を登る

これから15日間 住まわせて貰う部屋は

欧&中央ア折衷のサロン風で 

ちゃんとシャワーも…トイレも… わっ水洗!

最悪を想像してたのでとても嬉しかった。


診療所に向う時刻になったので

ギターとアルミ缶を水筒にし、ろ過した水を入れ

救急車で再度出発

校庭の2匹のロバにボンジュール! こっちを見てサヴァ!

と、言ったか?言わないよね 変なジャポネーゼと思ったか?…


赤道近くの太陽は眩しさが違った

瞳がチカチカする

だけどサングラスはかける気にならなかった

目をしっかりと開けて 

すべてをちゃんとみておきたかった。


120%現地の人たちが行きする通りは

バケット(フランスパン)を売るリヤカー屋台や

ヤシ油(現地の必需油)と香料を売る御座屋台

電話ボックスみたいな携帯(テレセルが1番人気)取次ぎ小屋?

マンゴーやパパイヤを頭に乗せ売り歩くオバちゃん

その裏で洗濯をする人 サッカーをしてる子供たち

薪を燃やす匂いと ゴミの臭い

それらすべてが 朝の活力に満ち溢れていた。



宿舎からブエラブにある診療所へは10分位で着いた。


驚くなかれ


初日からこの診療所で ライブを演るなんて!

そして その歌を誰もがくちづさむ なんて!!

思いが 伝わるなんて!!!


この時差ボケで 長髪の日本人は


想像すら 出来なかったのである。


③へ続くばい















2007/08/28(Tue) | 日記 | トラックバック(-) | コメント(13) | page top↑
中央アフリカ滞在記 『シャンテ・チンビ!』 ①
まえがき

大型トラックの不気味なブレーキの音で目覚めた朝。

ここが日本であることを自覚するまでには

濃く熱いコーヒーが、3杯必要だった。。。


ある意味、驚きの連続であり また或る意味で

ウバンギ川を渡る丸木船が描く波紋のように

とても穏やかだった赤い大地での日々の出来事を…


未だ冷めやらぬ、熱い記憶とともに記すことで 

中央アフリカの今が、あなたの「心」に透けて見えれば 

僕も 今回出会った異国の友達も

きっと うれしい

シャンテ チンビ!(友よ唄うばいっ!)

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>

 アッシェとバカリー兄弟へ

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>

8月8日。夏空の水曜日、福岡空港から

韓国インチョン空港までの機内で

奇跡的に取得できたビザの刻印と領事館からの推薦状

「アフリカ友の会 医療活動支援」の1行を

何度も読み返しながら 旅の重さを量るでなく確かめていた。


強化プラスチック窓の、縁取りから見える景色は

素晴らしかったし、夏雲の絨毯は最初の着陸まで続いていた。


お隣韓国。というに相応しく、1時間強で仁川(インチョン)空港


入国審査の物々しさ(最近のテロ事情を考えれば当然であろう…)

に辟易しながらも

喫煙スペースで不安を煙に燻らせながら~

イメージの翼を拡げてみた


パリ:ドゴール~中央アフリカ:バンギ空港

地球儀でもかなりの距離

どれだけ 遠いのだろう…




パリまでは時差含め、およそ13時間は空の上であり

その時間、物思いに耽るも、眠るも由だったが

前席の上部に埋め込んであるモニターにて

日本では未だ公開されてない映画の数々を観ることにした。 

しかし、5本観ても未だパリは 程遠く…


タッチパネルでGPS画面に切り替え

アフガニスタン上空と知り 

拉致されてるボランティア団体のことを考えたりもした。



途中、前席の10代のリセエンヌ(何故かアヴリル似)

が座席をいきなり倒して来て~カーゴパンツが赤ワインで

びしょびしょになってしまったことを除けば、、、快適だった。
注)メルドッ!(クソッ何ばしよっとかっ!)とは言ってない



そんなこんなで うとうとしてると

機体が斜め左に降下し始めて

眼下に放射状に広がるパリの街が見えてきた

エッフェル塔もはっきりと見て取れる。

腕時計を現地時間に合わせパスポートをポケットに入れ直し

色使い含めてすべてのデザインに

柔らかなアート感の有るパリドゴール空港の中へ 

様々なカラードにまぎれて、とつとつと歩く


最初のゲートでの検査官から着ているTシャツ(REDの)を

指さされ 「シュペール!」(いいねそれ!)などと冷やかされ
 
愛想の良いアジアの空港カウンターとは180度違うことも

常識だと、学びながら

バイオハザード(細菌ばい菌の)チェック迄行われるという

更に物々しい入国審査を受け

採光窓に覆われたドゴール空港内へ入ることが出来た。


空港内の何処からかシャンソンが聞こえてくる

飛び立つ前のエールフランス便越しにみる

パリの夕方は 肌寒く 空は薄い灰色

熱いカフェオレが

とても ありがたかった。


②へ続くよ










































2007/08/27(Mon) | 日記 | トラックバック(-) | コメント(17) | page top↑
中央アフリカ共和国:バンギを発つ日!
現地時間15:38。土砂降りになる気配のバンギにて

22:20のエールフランス・パリ行きに搭乗します

が…

熱と腹のゴロゴロがっ…

マラリアの疑いがある為

パリに着いたら 医者に行くかも。。。


アルミの空き缶を水筒に

1日12時間の停電や

晴れたり↑土砂降りだったり↓

街から村を訪れる度に

毎回3、40人の子供達にワイワイと

『ムンジュー(外人~っ)』とめずらしがられ

毎日、毎日、唄い歩いた日々が

終ろうとしてる。


行きの翼の上で、俺は傷みの在る場所へ

少しでも元気になって貰おう!唄おう!と

誓い、その様に赤い大地の上で暮らした…


しかし、HIV感染やAIDS発症にも関わらず

俺の歌と一緒に 空へ 生命へ 叫び 笑い 泣き 踊り

ともに唄った!!!


『君の痛みは僕の痛み なぜって?僕らは友達だから

 人が病めば国も病む 闇と病みを照らすのは僕らなんだ!』

ンデコ・チンビ(君はともだち)


今日1日を生きる 人々に

真逆に俺の方が励まされてる

こんなことって あるのか…

中央アフリカには奇跡のパワーと

森の精霊が 居るに違いない。 


全てを伝えるには 時間が足りないから

日を改めての更新で 体感してくれたら 有難い!


マラリアを克服して帰国したら

無理して折り合いをつけていた事柄に

決別して

新たに唄い出すことと 思います。


お世話になって現地の人々

日本語からフランス語、そしてサンゴ語への翻訳してくれた

プラシッド!

本当にありがとう(涙)


ビガ シャンテ (また唄いに戻るよ!)

では そろそろ

バンギ空港へ向かいます

☆臨床検査技師のプラシッド!素晴らしい人です
20070818194119.jpg

2007/08/23(Thu) | 日記 | トラックバック(-) | コメント(0) | page top↑
中央アフリカ共和国:首都バンギにて
9日の夜明け前に入国して

今、現地時間は10:00です。

1日1日のことは帰国後に書くとして

いつ停電するか分からない此処で

インターネットカフェ!(在ったとよ!!!)にて。

HIVの治療の為の往診に同行したり

もちろん現地語で歌を唄ってきかせたり

マラリアの薬も飲んで

フランスパンとコーヒーか紅茶でしっかり食べて

「ボンジュール ヤポネ ミュージシャァナ」と

何とか自分の自己紹介をしながら 暮らしています。


肌の色や言語が違っても 全然問題ないよ!

それが はっきりと わかった!!!


昨日はセネガル人のシスターにクスクスをご馳走になり

水あたりしてお腹がユルイことを除けば

ものすごく 元気です!

今日は独立記念日で祝日 ↑

気温は28度くらいで

熊本の梅雨明けとよく似ているよ


次の更新は…

また 出来たら するけんね


みんなも元気で ね


じゃ カマラートチンビ モトト アペ エンギヤ!

   ※みんな ともだち なかないで わらって!
2007/08/13(Mon) | 日記 | トラックバック(-) | コメント(17) | page top↑
自 力
環境を変えてみる? はて さて と

同じ場所にて 気分や髪型を変えてみたとしても

今回ばかりは 無理な様で…

狭い場所の椅子とりゲームみたいな…

ん~ん~

云わないでおくばい
 

鏡を拳で叩き割る様なマネは よくない

許せん!と思った奴を 殴りたい気分なんて

もっと 良くない。 


自分が無器用であることは、百も承知であり

それを圧してやったことは、大抵ずっこける。


入院する費用を環境を変えてみる為に用いて


中央アフリカの首都バンギに行くことにしたけん!


森の中の病院のベットの上で 点滴や投薬をし

安静にしていたところで

夏が終わる頃から 更に様子を診る生活が待っている。。。

で、あるのならば

荒療治だが ギター1本抱えて

海を渡り 歌を届けることで

こんがらがった心身を

レギュラーチューニング (440)

するのも悪かぁなかばい!

そうばい

行くバイ!!

そう思うなら

行かにゃんて!!!

単純な思考の行動である。



届ける相手の天使の羽根が 今にも焼け落ちそうだから…


何故に? 地球の歩き方にも印刷されてない 遠い国に行くことを

決意したか? は 進藤久明の『証』の2006・5月を参照されたし

。。。。。。    。。。。。。。    。。。。。。。。


胸の中から芽吹いたメッセージの種を

育てて、咲く姿を自分の目でみるとき

どんなに高熱でも 具合が悪くても

清々しく 力強く 生きる希望に

満ち溢れて来る!

これだけが 俺が持ち得てる


 真実だ!


この感覚を 病気 というのなら そうかも知れない


現実から逃避する訳じゃなく ましてや~

断じて観光などでは無い!


黄熱病 狂犬病 破傷風 マラリア エボラ出血熱

そして 約5人に1人がHIVに感染している現実


そこは 傷みのある場所であり 

生と死 が割り切れなさと共に横たわってる場所


しゃぼん玉とんだ 屋根までとんだ

屋根まで とんで こわれてきえた

風 風 吹くな  しゃぼん玉 とばそ

- 野口雨情「しゃぼん玉」-


俺なりの感覚で 受けて返せるのは

この儚げな 歌に とてもよく 似ている

。。。。。  。。。。。   。。。。。   。。。。。。

飛行機に乗った瞬間に 命の保証がないことに

鈍感になってたり

泥の付いた根と 虫のついた葉を

忌み嫌い

綺麗に咲いた花だけを欲しがる様な

心に対して

アフリカの真ん中から

『あなたの花を育てましょう』 と

唄ってみっばい! て思うとる!

そして その行為が

誰かのためになり

俺を自然体で生きれる様に

導くに違いない と

この旅に賭けてみることにするよ



この文面が

君達への最後の手紙に

成るはずもないことを

信じていて下さい。

2007年8月6日

酷暑:熊本にて

うたうたい  進藤 久明














2007/08/06(Mon) | 日記 | トラックバック(-) | コメント(21) | page top↑
他 力
いっつも明るい 進藤久明。。。

深淵を覗き込んでて 逆に深淵から睨まれた?か?


3日悩んだばってん

やっぱ 記すことにした。


先日からの発熱含め 前兆だった…

抑鬱性心身症の再発である。



厄介なのは、ギブスをはめたり包帯を巻いたり

他の人から見てとれるやうな病では、無いという事。


以前はナウゼリンやメリスロンなどの安定剤を

7種類も処方して貰い、何とかやり過ごしてきた

つもりだったし

「ソノ日の職」を書き上げた時点で

大丈夫なはずだったとよね



が、それ以降も

或る意味振り切れた生活をしていた報いとして

自らの心身を疲弊に導いたのであろうか

と。


     【俺闇に笑われるバイ】


ぼちぼちと 云いながら 全然 そーじゃない(渋笑)



喰わずには生きられない! という法則の答えは

働く。ってコトだ 

働ける場所が有るコトは本当に有りがたいコト。

目標を持ち履歴書1枚で 当たって砕けろ的に

転職して来た俺は、随分と無理をして来た様だ…

静かに長きに渡り仕事をされた来た人々には

騒音ですらあっただろうか…



思えば この10年は 

自分が歌うことを守る為の闘いの日々だった

スポーツだと姿勢を正して認められるというのに

音楽活動 となると 斜めに訝しく眺められるのが

常だった。

宴会の席などで、カラオケを強いられることの苦痛が

わかるだろうか?

……………。


>>>>   >>>>>   <<<<<    <<<< 



お医者さんの提案は

『頑張る』と『急ぐ』を心身から外すこと、と

2つの道

①森の中の病院に入院してみること

②少し環境を変えてみること


許される時間の中で


を選択することに した


元気な振りは も~やめて 普通の元気に なりたかぁ!


自分の力ではなく 他の人に生かされているうちに

少しは回復出来たら いいな と思っているよ。

何であれ 働くことが 唄うことを支えている

今 は 


☆この状態の時だけぐっすり眠れる?それは良くないばい☆
20070730092536.jpg

2007/08/05(Sun) | 日記 | トラックバック(-) | コメント(21) | page top↑
命は道を探す
命は道をみつける

バカボンドの中の1コマに刻まれた

台詞…

劇画の域をとっくに超えて

俺の中では聖書的ですら

ある。



さてさて 


九州には台風が接近していて

ナメテかかると、いつも云ってる様に

大変だ。


ビビッてても仕方ねぇ

意識の中で具体的な最悪の「場合」を考えれれば

いいんだ。


これは

何にでも 置き換えられる

愛は曖昧だが 恐怖は絶対だけんね。



そこでは

固い筋肉より 柔らかい五感が

必要なんだと思う。


気をつけにゃんバイ

俺もお前も

明日があるけんね
2007/08/02(Thu) | 日記 | トラックバック(-) | コメント(18) | page top↑
純粋さを守る為
純粋さをひとりよがりで終わらせない

その為に

絶えず


与え続けるべきである


贈り続けるべきである


届けつづけるべきである



貰おう と 貰いたい と


考え始めた時に


俺は 終わるんだろう


それも


そうじゃないうちは


きっと 大丈夫


すべては風が吹くかのように


むなしく 儚い ものだろうけど


純粋で居るためには…
2007/08/01(Wed) | 日記 | トラックバック(-) | コメント(19) | page top↑
 ホームに戻る