2017.0506.進藤久明@国際交流会館LIVEレビュー


「あついヒト」。

自他ともに、
そう認めるひと―進藤久明。

東京でのメジャーデビューから 31 年。

さまざまな紆余曲折を経て、

彼は今、
「熊本名物のシンガーソングライター」
と名乗る。



タウン誌に勤めていた私が

進藤さんと出会ってから、もう 20 年近くが経つ。

それからも、何故か「縁」は切れず、

時に取材で、時にばったり、時に急に電話が入ったりと、

進藤さんの折々を見て来た一人だ。



確かに昔から「あついヒト」だった。

でも、私が出会った頃と、今の進藤さんの「熱さ」は、

どこか違う気がする。



かつての進藤さんは、

炎を燃え立たせ、「自分」をメジャーにするために

熱く吠えていた。

でも、今の進藤さんは、

例え炎は見えなくても、

いつまでも消えず、いつまでも持続する熱を持った

炭火のように、心地よい熱さで、

いつも「誰か」のために、

そして「誰か」の気持ちを代弁して歌っている。



そんな進藤さんのホールコンサート。

5 月 6 日、国際交流会館。

「老若男女」という言葉がぴったりくるほど、

会場には、小さな子供から人生の先輩方と思しき方たちまで、

さまざまな世代が駆け付けた。



この日は、熊本地震後に作った曲を収めた

新しいアルバム「赤い絆の、」の

収録曲を中心に、デビュー当時の曲を交えたセットリスト。

どの曲も、地震で傷ついた熊本と、そこに住む人たちへの

エールと、これから「前を向いて歩いていこう」という

メッセージが込められている。



まさに、「熱いひと」ならではの曲が並ぶ。

ただ、大上段に「頑張れ」「負けるな」「前に進もう」と

大上段に振りかぶった、押しつけがましさは微塵も感じない。



自分自身も地震を体験し、

同じ恐怖、不安、悲しみ etc を感じたからこそ、

「熊本人」に寄り添い、

「俺も怖かったとよ、だけん、ちょっとずつでいいけん。

自分のペースでいいけん、一緒に頑張ろう」

と呼び掛けるような、優しさに満ちた熱さ。



シンガーである前に、市井に生きる一人の人間として、

いつも周りの誰かを気に掛け、

その人を励まし、支える「道具」として

歌を紡ぐ進藤さんだからこそ、

聴く私たちは、それぞれに

「“私に”歌ってくれている」

「“私の”気持ちを分かってくれている」

と感じるのかもしれない。

それが、この日の観客の年代の幅広さに表れているようだった。



最後に進藤さんは、

今回のホールコンサートを足掛かりに、

これから少しずつ、一歩ずつ、

大きな会場でのライブに繋げていきたいと語った。

80 年代後半から
90 年代前半に活躍し、
進藤さんと同じ 30 年以上のキャリアを誇る、或るロックバンドは、

一昨年、実に 24 年ぶりの武道館公演を実現させた。



自分のためでなく、誰かのために歌い続ける進藤さんなら、

そのじんわりとした熱が、少しずつ多くの人の胸に伝わり、

やがて何千人という人を集める会場でステージに立っても不思議ではない。



その時こそ、今は“自称”かもしれない「熊本名物」が、

熊本城や馬刺し、からし蓮根と並ぶ、

正真正銘の「熊本名物」になる時だ。



それまで、「ドンマイ 4 ・ 14 」にあるように、

進藤さんは今日を毎日始め、今日を毎日踏み越えていくに違いない。

例え、そこにたどり着くまでに何年かかろうとも、

進藤さんは「歩み」を止めずに進んでいくだろう。



そして、 5 月 6 日のライブに集まった人々は、

これから始まる進藤さんの新たな歩みを

見届けるための「伴走者」なのかもしれない。

ここが「ゴール」ではなく、「スタート」。



がむしゃらさと勢いだけの「あつさ」を経て、

優しさと温もりを併せ持つ「あついヒト」となった

“おっさんロッカー ” の野太い声を、

まだまだ聴きたい! もっともっと聴きたい!

そう思わせてくれた 90 分間。



だからこそ、ライブ終了後のホールには

進藤さんの長年のキャリアへの労いや

重ねた苦労への感慨よりも、

「さあ、次はいつやるんだろう」

という期待感に満ちていた。



進藤さん、この「続き」、早く見せてくださいね!


フリーライター・編集者 中川有紀





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2017/05/08(Mon) | 日記 | トラックバック(-) | コメント(-) | page top↑
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